SORAIROKANSOKU.

◆Tape. - プロローグ




長い間暗い地下で過ごしていた彼女たちにとって、天照の愛が満ちる地上の世界は文字通り眩かった。
造られたものではない、暖かさに満ち溢れた光は、まさに全てをあまねく照らし出す僥倖。
天照の庇護の下、まだ見ぬ光景を求めて、烏と黒猫の二人組は今日も幻想郷を駆け回っていた。


ある日、お空はどこか面白そうな場所がないかと霊夢に尋ねてみた。
例によって縁側で茶を啜る巫女は気だるそうに答えてくれた。

「あー……、無縁塚とかいいんじゃないの?」

「霊夢、確かにあそこの桜は綺麗ですけど、亡くなった人が眠っている場所を薦めるのはどうかと」

「五月蝿いわね、別にいいじゃない。猫の方は火車なんでしょ?だったら死体がある場所でいいじゃないの」

たしなめる青い方の巫女を、霊夢は鬱陶しそうに見やる。
何か言いかけて、結局溜息一つとともに諦める早苗。
なんというかいつもこんな感じなんだろうなぁ、とお空が思っていると、

「お姉さん、気遣ってくれるのは有難いんだけどさ、あたいでも今のは巫女としてどうかと思うよ」

返ってきた視線は怖かった。
相手がさとりなら口に出す前に睨まれるのだから、いい加減余計なことを考えないで欲しい。
そもそも考えなければ口にも出ないし、こんなことにもならない。
こんなことになってしまったからには、いつものように逃げなきゃいけないじゃないの。

「あ、ありがと、じゃあ早速行ってくるね!」

「お空!ああ、ちょっと待ちなよ!」



無縁塚。
その名の通り、縁者のいない者の肉体が死後行き着くところ。
そんな寂しいところにも、一つだけ目を引くものがある。
散らす花びらは死者の流す涙とも語られる、紫の桜だ。
その涙が散るとき、彼らの迷いは断ち切られ、彼岸へと向かうという。

けれども、あの妖怪桜の謂われなど、彼女たちは知る由もない。
ただ、そのこの世のとは思えない幽玄な美しさに見入るばかりである。

「へぇ……地上にはこんな場所もあるんだねぇ」

「綺麗だねぇ」

しばらくそうして景色を眺めていたが、お空はふと視線を下に移した。
草むらの所々に雑多なものが落ちている。
そのほとんどは、お空には何なのか全く分からないものばかりだ。

小さな箱庭とも言えるこの幻想郷で縁の無い人間というのは、ほぼ外の人間といっていい。
無縁塚は、外から迷いこんだり、神隠しにあってしまった人間の死体が葬られる場所でもある。
そして外の人間の死体が増えていったことで、ここの比率は外に偏り、結界は緩んでしまった。
その結果として、無縁塚には時たま、幻想となった外の物品が流れ着くことがある。

「これなんだろうね?」

足元に転がっているものを適当に広い上げるお空。
そんなことを訊かれても、お燐にも皆目見当が付かない。
黒っぽくてちょっとゴテゴテした箱にしか見えない。

「さぁねぇ……」

そう言いつつお燐は首を傾げる。
ただ、これがどういうものなのかは分からないが似たようなものを最近見たような気がしていた。

「あれ、なんかここ押せるみたい」

お空は無邪気に箱の一部を押し込む。
仮に危険物だったらどうするのかとか、そういった懸念は微塵も抱いていないようだ。
呆れつつもお燐はそれを眺めていたが、

(押せる場所がある箱……ボタン?ああ、そうか)

「お空、それ多分何かのキカイだね」

「きかい?」

「そうそう。ほら、前に妖怪の山に行ったときに、にとりとかいう河童に見せてもらっただろう?」

お燐の話を聞いても、うにゅにうにゅ言いながら首を傾げるお空。
まったく鳥頭というかなんというか。
無駄に可愛らしいのがちょっとむかつく。

「早苗はいい人だったよ?」

「……何言ってんだか」

確かにあの時は、そのまま山の上の守矢神社にも顔を出した。
その間のことがまるまる抜けてしまっている辺り、お空らしいと言えばらしいのだけれど。
──そう言えば、早苗は元々外から来た人間らしい。
ひょっとしたらこの得体の知れないキカイのことも知っているかもしれない。
こんなところに落ちているのだから、河童たちのものとは考えにくい。
となると、これは多分外から来たものだ。

「ねぇ、お空。その早苗さんならそれのこと知ってるかもしれないよ?」

お空の手にあるキカイを指差すお燐。
すると途端にお空は目を輝かせる。
もう、今日何をするかは決まったようなものだった。



博麗神社に取って返すと、早苗は既に帰ったという。
霊夢が「五月蝿い奴ならいないわよ」とぼやくのは、果たして実際にそうなのかただの強がりなのかどうか。
またお燐が余計なことを言いそうだったので、お空が止める羽目になったりしたが、今度は一路妖怪の山へ。



神社の鳥居に降り立つと、箒片手の早苗が境内に立っているのが見えた。
偶に変なことをやったり言ったりするが、彼女は基本的には礼儀正しい人物である、というのがお燐の認識である。
だから別に邪険にあしらわれたりはしないだろう。

「あら、お燐さんにお空さんじゃないですか。無縁塚はどうでしたか?」

早苗は軽く会釈すると、にこやかな笑顔で出迎えてくれた。
やっぱりお空も言った通りやっぱりいい人だ。基本的には。

「うん、いい場所だったよ。あんまりいい死体はなさそうだったけどね」

火車らしい冗談に彼女はくすりと笑う。
さて本題に移ろうかとお燐が考えていると、隣のお空が声を張り上げた。

「ねぇねぇ早苗!これ何だか分かるー?」

例のキカイを手に興奮気味なお空に目を丸くする早苗。
そんな彼女に呆れながらも、お燐は簡単に事情を説明する。

「幻想郷には外から物が流れてくるとは聞いていましたが……」

「だーかーらー、これ何なのー?」

「お空うるさい」

「ふふ……ここでは何なので、お話は中で」

クスクスと笑いながらそう言って促す早苗。
「うん!」と元気のいい返事をしながらついて行くお空を見て、お燐はやれやれと肩を竦めたのだった。



「これは多分テープレコーダーですね」

ご丁寧にも2匹にお茶を振る舞いながら、彼女はそう答えた。
それを聞いて、相変わらずキカイを眺めては弄くり回していたお空が顔を上げる。

「てーぷれこーだーっていうの?これ」

「そうです。私も博物館などでしか見たことがないのですが、
それだけ古いものならこっちに流れてきても不思議ではありませんね」

「名前は分かったんだけどさ、これは一体何の為のものなのかな」

「音楽を聴くためのものですね。他にはテープに録音したりとか」

「何か聴けるの!?」

大人しく早苗の説明を聞いていたお空が彼女の言葉に反応した。

「はい。ちょっとそれを貸していただけますか?」

お空からテープレコーダーを受け取り、慣れた手つきで操作していく。
流石元外の人間、機械の扱い方は分かるようだ。
……でも、何も起こらなかった。

「あー……このテープ何も入ってませんね」

「何も入ってないっていうのは?」

「そのままの意味ですよ。音楽が入ってないから、何も聴けないということです」

お燐の質問に答えながら、早苗は溜息をつく。
さっきまで興味津々だったお空が目に見えてしょんぼりしているから。
見かねて言葉を重ねる。

「ま、まぁ、何か録音することはできますし……」

「録音って、音を記録できるってこと?」

「はい」

そう聞いて何か考え込むお空。
落ち込んだと思ったら急に思案し始めた彼女を見て、お燐は首を傾げる。

「どうしたんだい、お空」

「早苗、これの使い方教えてくれないかな」

「はぁ、それは構いませんが」

お燐の言葉をよそに、お空は早苗にそんなことを頼み始めた。いよいよもって彼女には訳が分からない。
早苗も不思議そうにしている。

「お空、あんた一体何する気……?」

いぶかしむお燐に、お空はとびきりの笑顔でこう答えた。

「さとり様に聞かせてあげるんだよ!」


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